• 小筑紫の七日島と、七日島天満宮
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宿毛市の小筑紫(こづくし)には、平安時代の昌泰4年(901年)、藤原時平の他氏排斥のたくらみにより右大臣をおわれた菅原道真(すがわらのみちざね)公が、太宰権帥(だざいのごんのそち) として筑紫の大宰府(福岡県)に赴任する道中、豊後水道で嵐にあって当地に流れ着いた、との伝承が伝えられています。
ながい船旅のすえ、やっとのことで陸地にたどり着いた道真公が、「ここも筑紫か?」と訊ねられたことから、地名が”小筑紫”(こづくし)となりました。
道真公は嵐がすぎ、海が落ち着くまでの7日間、小筑紫湾の小島に滞在されました。

これが、“七日島”(なぬかじま)の由来です。七日島は昭和初期まで小島だったということですが、現在は陸続きになっています。
道真公はよほどこの地を気に入られていたのか、延喜3年(903年)に亡くなった際、遺品を侍臣・渡会春彦(わたらいはるひこ/白太夫)にたくし、高知の潮江(うしおえ)に封じられていた長子・菅原高視(たかみ・潮江天満宮の祭神)に届ける途中で小筑紫にも立ち寄り、遺品の一部をここにおさめるよう言い残したということです。
その御遺品をご神体としたのが、七日島天満宮。いまも地域の人により、大切にまつられています。

七日島の伝説(宿毛市史より)
宿毛の民話 七日島(宿毛歴史館HPより)

  
住所:〒788-0271 高知県宿毛市小筑紫町小筑紫104−8

七日島天満宮の霊験はあらたかで、ふもとの小筑紫中学校は小人数ながら文武両道のほまれ高い名校。県内有名高校への進学も多く、幡多地区中学校駅伝大会では男子が4年連続、女子が3年連続出場をはたすなど、目覚ましい成績をおさめています(平成29年度時点)。

みなさまも、学問の神・菅原道真公ゆかりの七日島天満宮にお参りに行かれませんか?