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澄んだ空にかがやく海、深い山々をかかえる高知県宿毛市。のどかな時間の流れるこの地には、昔から独特な文化が栄えてきました。今からご紹介する「ビッチョゴマ」もそのひとつ。桜の枝をけずって作った素朴なコマを、手づくりのムチをつかって回すコマ遊びです。
 
このコマ、ユニークなのはここから。回転中にムチで叩いて速度をあげたり、はじき飛ばしたりして、無限に回し続けることができるのです。ビッチョゴマも、昔遊びの例にもれず、時代の流れにのまれて絶えかけていましたが、このほどこれを再興し、次世代につなげていこうと、1人の男性が立ち上がりました。

「第1回ちびっこビッチョゴマ相撲大会」
「それっ!」「えいっ!、えいっ!」「あぁ、いかん、倒れた」「(ムチが)当たっちょらんやいか」「こらこら、そんなやみくもに振り回いたちいかん」

「お~すごいすごい、よう回りよう」

昨年8月20日に行われた「第1回ちびっこビッチョゴマ相撲大会」。ぬけるような青空のもと、老若入りまじった歓声があがります。
この大会を主催したのは、宿毛市池田町の竹田米廣さん。宿毛市の名勝・咸陽島をのぞむ山肌にある自分の土地に、ビッチョゴマの遊び場として新たな公園を造成しました。

この日、集まったのは、地元地区を中心に約70名。おじいさんから小さい子まで、多くの人がコマ遊びに興じました。「なんせ初めての試みやけん、人が来てくれるか心配しちょった。ようけ集まってくれてほんと、よかったわ」と竹田さん、日に焼けた相好をくずします。

「絶やしたくない…」の想いに突き動かされ

タケダさんがビッチョゴマ相撲大会を企画したきっかけは、小学校などで広く行われている「昔遊び」の授業でした。地元の小学校でビッチョゴマを教えたタケダさんは、ビッチョゴマに挑戦する子どもたちの目の輝きが忘れられないと語ります。

木の枝を加工して作るビッチョゴマは、慣れと技術を要するむずかしい遊び。最初はなかなか上手く回すことができなかった子どもたちは、友達と競い合いながら挑戦をつづけ、くやし涙をながしつつも最後には習得して、楽しんで授業を終えたそうです。
後日、自宅に送られてきた手紙には「こんな遊びがあるなんて知らなかった」「難しかったけど、チャンピオンになれて(上手に回せるようになって)うれしかった」といった感謝の声がしたためられていたそうです。なかでも、とりわけ目を引いたのは、「うちのおじいちゃんは昔、ビッチョゴマの天才と言われていました。おじいちゃんと勝負してほしいけど、無理だよねぇ・・・」の一文でした
――今ならまだ、ビッチョゴマを知っている世代がいる。家庭で子どもや孫と語り合い、ともに楽しめるネタがある。あれほど楽しく遊べるこのコマを、このまま絶やしてしまうのはあまりにももったいない――
そんな思いがタケダさんを突き動かします。

私財を投じてイベントを準備

宿毛のビッチョゴマを次世代に継承したい。その想いからタケダさんは、何年も構想をあたため、たった一人でイベントを興し、私財を投じて会場を整備しました。

それは、並大抵の苦労ではありません。真夏の灼熱の太陽のもと、咸陽島にほど近い自分の土地(山)を自分で切り開き、会場となる公園を整備(→咸陽島公園近く、元気森盛公園)。コマを回す土俵をしつらえ、木陰とベンチと屋根を用意しました。コマの材料になる桜の枝や、ムチに必要なマホランという草を探しまわり、大量にコマを手作りしました。
持っていたユンボ(重機)を一台つぶし、自身も熱中症で倒れながらも、なんとかイベントを行えるよう会場を整えたときには、理解者も増え、協力してくれる仲間も集まってきたそうです。
「咸陽島を“ビッチョゴマ発祥の地”として普及し、多くの人に楽しまれる遊びとして復活させたいと思っています」。
大会当日、そう宣言した竹田さんの横顔には、誇らしげな決意がにじんでいました。すくもの文化を大切に。このビッチョゴマも、次世代へとしっかり継承していきたいもの。宿毛市のイベントなどでは「ビッチョゴマ」のブースが出店していることもありますので、見かけたらぜひご体験してみてくださいね。意外にむずかしく、おもしろいですよ。
→詳しい情報は宿毛市観光協会までお問合せ下さい。